八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブロとも申請フォーム

--/--/-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010/06/18 09:44|未分類TB:0CM:0
中学生の相撲大会は、体と体がぶつかる格闘技なので勇気がいる。 しかし、誰ひとり臆することなく目が輝いていた。 平成3年の大会は、個人優勝が山形の阿部くんだった。 しかし、敗退した力士の中に目立った力士がいた。 青森の加藤君、愛知の田宮君だ。 二人は体も大きく、目が飛び切り輝いていた。 加藤君は負けた時、グシャグシャに泣きながら「くやしいっす」と、インタビューに答えたのが印象的だった。 そして、愛知の田宮君は決勝戦で阿部君に破れ準優勝に終わったが、スカウトの目を釘付けにしていた。 平成4年の大会は、東京の岡部君と茨城の竹内君の決勝戦になった。 二人とも180センチを超える堂々とした体格で、大相撲を見ているような錯覚に落ちた。 結果は、岡部君が勝ち中学生横綱を手にした。 竹内君は悔し涙を流していたが、我慢強く気の強い性格でプロに向いていると思っていたら、その後相撲界に入り「雅山」になった。 岡部君もまた相撲界に入り「玉乃島」の四股名で活躍している。 そして、「くやしいっす」と泣いた青森の加藤君は、後に角界のロボコップ「高見盛」になり、丸坊主頭に満面の笑みが可愛らしかった、愛知の中学生田宮君は、後に「大関琴光喜」になる。 あの時のあの気持ちを持ち続けていたら、賭博に手をだしたりしなかっただろう。 清い心を持った純粋な子どもたちを、悪い道に進めてしまったのは相撲協会だ。 大会の後援をしておきながら、金儲けになる子をスカウトしていただけなのだ。 「この子を立派な人間に育てよう」という気持ちはなかったのか… 自分は相撲が好きだから断固言う。 名古屋場所は中止するべきだ。 本当に痛い目に遭って、心から改心し、一から出直さない限り、相撲界の未来はない。    合掌
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://happaikki.blog70.fc2.com/tb.php/1022-104db057

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2カウンター

おすすめ

Copyright(C) 2006 八波一起のたっしゃでワイド!! All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。