八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2010/07/08 11:24|未分類TB:0CM:0
今年に入って、どのくらい相撲のブログを書いたのか… かなりの回数を費やしている。 ゲリラ豪雨・サマージャンボ宝くじ発売・参院選・ワールドカップなど話題は尽きないのだが、今日もまた相撲の話題を言っておきたい。 自分は中学の頃から昼の休み時間には、星取表などを作って仲間と相撲をとったりしていた。 巨人・大鵬・卵焼きの時代に育ったものとしては、相撲は大鵬を応援しなければならない使命感のようなものがあった。 ところが、自分が中学生の頃は大鵬も晩年になっていて、新鋭の横綱、北の富士・玉の海の時代に入っていた。 その頃、数ある相撲の取り組みで、自分が最も思い出に残る一番と遭遇する。 昭和46年1月場所千秋楽の大鵬VS玉の海の本割と優勝決定戦だ。 玉の海が14戦全勝、大鵬は13勝1敗で千秋楽に望んだ。 本割で勝った大鵬は、優勝決定戦でも勝ち32回目の優勝を飾った。 それから2場所後に大鵬は引退する。 あのときの一番は、40年経った今でも記憶の中に鮮明に残っている。 玉の海は大泣きして雪辱を近い、それからは素晴らしい成績を残し大横綱の道を歩み始めた。 これからは玉の海を応援しようと思った矢先、急性冠不全で現役横綱のまま帰らぬ人となってしまった。 その玉の海は、名古屋場所が行われる愛知県蒲郡市の出身だ。 蒲郡市の体育センターには、玉の海の碑が建てられている。 きのう警視庁は、阿武松部など30数ヶ所の家宅捜索をし、携帯電話などを押収した。 先の見えない相撲界を、志半ばで亡くなった玉の海は何を思っているのだろう…    合掌
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