八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2010/08/12 09:38|未分類TB:0CM:0
1985年8月12日夜7時を過ぎ、「モーニングショー」のディレクターから電話が入った。 「八波、ジャンボ機が消息を絶った。 すぐに取材に行く。 用意しておいてくれ!」 世界最大の航空機事故、日航ジャンボ機墜落事故現場に向かうことになった電話だった。 自衛隊や取材班が悲惨な事故現場に着いたのは、13日になっていた。 ジャンボ機は二つに割れ、後部は火災が起きず生存者がいた。 自分たちのクルーが取材を始めたのは、ジャンボ機の前部が御巣鷹の尾根に激突した丸焦げの現場だった。 あたり一面は、月面のクレーターのように荒れていて、何かが燃えた焦げ臭い匂いが漂っていた。 その匂いが何なのか、すぐにわかった。 それは周りの木立と人が燃えた匂いだった。 焼け焦げた木には、人の腸や手のひらが、ぶら下がっていた。 辺りには、人間のパーツ部分だけが転がっていて、事故の凄さを物語っていた。 おそらく戦争に行っても、こんな惨劇を見ることはないのではないだろうか… 人間の命のはかなさを感じた。 しばらく、食事もろくにできなかった。 遺族の方たちの悲しみ、運命のいたずらに、かける言葉も失っていた。 それから2週間程経った8月29日、長女友希が誕生した。 それ以来、「人間は何のために生まれて来るのか…」 を問い続けている。 あれから25年。 長女も、この夏25歳になる。 あの事故がなければ、娘のように元気に活躍していた人が、どれだけいらっしゃったことか… 毎年夏になると、終戦の事と共に御巣鷹のことは、決して繰り返してはいけないと心から思う。     合掌
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