八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブロとも申請フォーム

--/--/-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012/08/20 09:40|未分類TB:0CM:0
8月15日、靖国神社に参拝に行った。  真夏の太陽が燦燦と照りつける中、沢山の人たちが英霊に手を合わせていた。  この日のNHKは、終戦特集をやっていた。  昭和20年7月に、日本の軍部や指導者たちは、終戦を選択できたであろう話をしていた。  その時に敗戦を認めていれば、広島にも長崎にも、原子爆弾は落とされることは無かった。  しかも、ソ連の参戦を防ぐことができ、シベリアに抑留され亡くなった人たちを助けることが出来たばかりか、北方領土を持っていかれることも無かった。  当時の大本営は、ソ連が参戦してくることを知っていたにもかかわらず、「一億、総玉砕」 を唱え、見事に散ることが国民の正しい選択のように言っていた。  あの頃にも、戦争を反対していた人は多かったはずだ。  なのに何故、終戦を早く迎えることができなかったのか…  当時の指導者たちは、メンツやプライドが優先していて、現実を直視できていなかった。  時に指導者は、己のことが優先してしまい、「国にとって正しい判断は何か?」 を、見誤ってしまう。  これは、昔の話だけではない。  竹島に上陸した、韓国のイ・ミョンバク大統領にも言える話だ。  そして、福島第一原発事故を起こしてしまった、日本の指導者たちにも言える話だ。  日本がこれから歩む道は、脱原発でなくてはいけないはずだ。  にも拘らず、経済界などの圧力に負け、大飯原発を再稼動し、ベトナムなどに原発の技術を売ろうとしている民主政権は、終戦を迎えられなかった軍部と同じではないのか。  指導者の間違った判断は、国民が厳しい目で見て、勇気を持ってアピールすることが、同じ間違いを繰り返さない近道だ。  改めて、脱原発を叫びたい。     合掌
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://happaikki.blog70.fc2.com/tb.php/1268-80cacc69

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2カウンター

おすすめ

Copyright(C) 2006 八波一起のたっしゃでワイド!! All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。