八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2007/05/30 05:19|未分類TB:0CM:0
今から23年前、出演していた「モーニングショー」が、一週間中国の北京と上海から生中継を行なった。 日本の放送局が、中国から一週間、生中継をするという試みは初めてだった。 その頃の中国は、高いビルといったらホテルの8階建てくらいで、ちょっと高い所に登れば街を一面見渡すことが出来た。 社会主義の国らしく貧富の差はなく、ほとんどの人が人民服を着ていて、交通手段も自転車だった。 天安門広場を何千台もの自転車が行き交う光景は圧巻だった。 車に乗っている人は限られた人たちで、車も古いものが多く、信号などほとんどなかった。 カメラを廻し始めると「あっ」という間に沢山の人だかりができてしまった。 取材で行った街の民家は石垣で出来ている長屋みたいで、今にも「キョンシー」がでてきそうだった。 トイレは下が見える扉で、足を見ると誰が入っているのか分かった。 子どものズボンのおしりの部分がたてに穴が開いていて、すぐに用を足せるようになっていたのには笑ってしまった。 万里の長城に行くまでの景色は、何十年か前の日本の景色と一緒で、子どもも裸足の子が多く見られた。 万里の長城を初めて見て、「よくぞ人間がこんなものを作ったな!」が出てきた言葉だった。 やはり巨大な力を持った帝王がいて、初めて統制が取れるのだろう。 「民主化していたら絶対になかったものだ」と通訳の人が笑ったのを覚えている。 こんな凄いものを作る、中国人の潜在的な力には驚異を感じたのも事実だ。 中継後、数年経ってからあの天安門事件があった。 その時は、国が力で抑えたのだが、中国の民主化「いずれ来るな!」と確信した。 中継から16年経った2000年に、また中国を訪れる機会があった。 その時は、あまりの変わりように「ぶったまげた」。 北京の空港から市内に行く道には、30階建てのビルが立ち並び、そこには昔の「キョンシーの家」はどこにも見ることが出来なかった。 街にはマクドナルドやケンタッキーが並び、人々の服装はGパンやらワンピースやら、まさに先進国の様相だった。 天安門や故宮以外はタイムカプセルに乗ってしまったようで、中継の時とは全然違う近代的な街並みになっていた。 その時、劇団四季のミュージカルが来ていて、チケット料金がとても高いのに、けっこう入っていた。 通訳が「お金持ちが増えました」と言ったのを覚えている。 このあたりから「眠れる獅子」が起き始めたのか。 今中国は大変な転機になっている。 ここの進み方を間違えると、世界は大変なことになる。 この続きは明日書くことにする。
                   合掌 
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