八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2007/12/14 12:16|未分類TB:1CM:0
元禄15年12月14日、赤穂の47人の義士たちが本所松坂町にある吉良邸に討ち入りした。 それから何年たったのだろうか… 元禄時代といえば徳川家康が天下を取り、江戸時代に入って封建社会も安定し天下泰平の時代に入っていた。 武士の仕事は戦争をすることだ。 しかし、世の中が平和な時代に入り、戦いはなくなり出世もままならず「武士は食わねど高楊枝」を強いられていた。 士・農・工・商の封建制度はあるものの、身分の低い商人たちの中から、紀伊国屋文左衛門のような大金持ちが生まれはじめた。 その中で、武士が他の身分の人たちから尊敬されるには、暑い日でも寒い日でも朝な夕な剣術の稽古をし、書道をはじめとする勉学に励み、己を律する姿勢を見せることで「あ~お侍さんは偉いなぁ~、とても真似できないなぁ~」となっていたのだ。 しかし、傘張りをしながら辛い修業をし、苦しい生活をしている武士の中から、その苦しさに負けてお金に目がくらみ悪い事をする者も出てきた。 「越前屋、お主も悪よのぅ~」というセリフにもあるように、お代官様の中にも袖の下を貰い、悪いことをするものが後を絶たなくなってきた。 そんな武士道が地に落ちた中で、忠義を重んじ、命をかけてあだ討ちした赤穂浪士を江戸の庶民は絶賛した。 それが今にも語り継がれているのだから、「忠義」は日本人のDNAに組み込まれているのだろう。 実は、平成の時代も元禄と似ているのだ。 昭和からの平和ボケで物は有り余り、官僚は袖の下を平気で貰い、政治家は私利私欲に走り、商売人はインチキをする。 今年の世相を象徴する漢字に選ばれたのは「偽」だった。 己に負けて悪い事をする輩があちこちにいて、偽装事件・偽りの行為は、まさに元禄時代だ。 こんな時代に赤穂の義士のような政治家が出てくることを庶民は待っている。 人の上に立つ者は「仁の道」を学ばなければならない。 人を引っ張るカリスマと、惻隠の情を持つ優しさ・愛情がなければならない。 年金問題や薬害肝炎など、困っている人たちに「偽り」の心で接することなく「誠を尽くす」姿勢を見せて欲しい。 弱いものに対する「仁の道」を無視する政治家は、いつか赤穂浪士に討ち取られることを肝に銘じておくことだ。     合掌
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赤穂浪士 祭り
赤穂義士祭、吉良祭1702年12月14日は赤穂浪士による吉良邸打ち入りの日。 江戸本所松坂町にあった吉良邸の一部は現在松坂公園となり、毎年この日は元禄市でにぎわう。午前中は義士祭、午後は吉良祭が行われる。 ★南極の日 1911年にノルウェー探検家、アムンゼンが世界で ...
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