八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2008/05/21 08:49|未分類TB:0CM:0
きのう、山形の酒田にある日枝神社の大祭酒田まつりが行なわれた。 ここには八波会という神輿の会がある。 これは八人の男が低迷して行く酒田をなんとか盛り上げて、大きな波を起そうとして発足した。 いわば町起こし村起こしのボランティアの会だ。 発足2年目に当時全国ネットのモーニングショーに出演していた自分に参加の依頼があった。 参加人数が少ないので会員を増やすことが狙いだった。 つまり「人寄せパンダ」だったのである。 ところが八波会のメンバーの酒田に対する思い尋常ではなく、その熱い思いに打たれ、以来20年間手弁当で通い続けている。 まぁ全国どこを探しても八波会などと言う名前の会は酒田にしかない。 これも何かの縁起があったのであろう。 40人だったメンバーも今では100人を優に超える。 20年を振り返ると様々な思い出が脳裏を過ぎる。 仲間が亡くなった時の悲しみ、暑い時も寒い時も酒田を盛り上げるために目一杯担いだものだ。 30~40代の頃は出発から宮入まで全て担いだものだったが、50を過ぎると100mも担げない。 発足当初のメンバーも神輿について歩くだけになってきた。 その頃から若いメンバーとの世代交代が始まった。 その辺りから人間関係にきしみが出だしたのである。 100人もいれば気に入らない人間も出て来るし、自分の位置を確保したくもなる。 しかし、一人ひとりが自分の都合を言い出したら組織はまとまらなくなってしまう。 祭りというものは神に奉納するもので、皆の気持ちを一つにして神に向かい、護国奉上・無病息災・海難無事故などを祈願する神事なのだ。 そんな神聖な行事に自分の都合を入れるのは本末転倒というものだ。 発足した頃は人数も足りなく、皆が一生懸命担がなければ神輿を上げることなど出来なかった。 そこには自分の都合など入る余地も無く、一枚岩になっていた。 いつからか余裕が出て来て“我”が出始めてしまった。 縁起を尊ぶという言葉がある。 縁を結ぶ事は比較的に簡単に出来るのだが、縁を繋いで行くというのは難しい。 しかし、皆が縁起を尊ぶ気持ちがなければ縁など簡単に切れてしまう。 年をとれば頑固になり頭も固くなってきて、素直になれない。 そこが神様に試されているのだと言う事を忘れてしまうと世間が狭くなってしまう。 八波一起の葬式には八波会のメンバー全員に手を合わせてもらえる縁でありたい!!                                                              合掌
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