八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2008/08/04 11:43|未分類TB:0CM:0
皆さんの家には電話はあるだろうか! 最近は携帯電話の普及により、自宅の電話を持たない人が増えている。 確かに自分専用の携帯電話があれば自宅の電話など必要がない。 我が家の実家は昭和30年代に電話を引いた。 近所の家の中でも早い方だったと思う。 なぜなら、自分で好きな電話番号を選べたからだ。 八波むと志の家だから8864を選んだのだ。 父が亡くなってから、3度も引っ越したのだが、母はこの番号に固執し、電話番号が変らない局内にしか引っ越さなかった。 小さい頃引っ越した友人が30年ぶりに電話してきて、友人の電話番号を教えて欲しいという。 引っ越して何十年経っても我が家の番号だけは忘れなかったというエピソードがある。 我が家に電話が来て50年になるだろうか。 父が日本で最初のミュージカル「マイフェアレディ」に出演することになり、アメリカのブロードウェーに一人乗り込み演技の勉強に行った。 父は中学もろくに卒業していない人だったが、人一倍の情熱を持っている人だった。 英語など話せるはずもないのに主役・イライザの父・ドウリトゥルの役を勉強したい一心でアメリカに渡ったのだ。 その頃は直通電話など無く、交換の人に繋いでもらって海外に電話した。 ニューヨークにいる父から国際電話が入ったのはその時が初めてだった。 その頃は1分くらいだったのだろうか。 そうとう高かったはずだ。 自分も今から25年程前になるが「モーニングショー」で初めて海外取材に行った時、受話器を取り、「ロングディスタンスコールプリーズ」と言って家内に電話した事を覚えている。 交換手を通じて国際電話をかけるサービスは0年を超える歴史がある。 しかし、KDDIはこのサービスを2010年3月末で終了することを発表した。 相手の番号に直接掛ける方式が普及し、利用者が大幅に減ったのが原因のようだ。 ピーク時の87年度には約1183万回もあったが、2007年度には約1万回まで急減していた。 ここにも一つの時代が終わった感がある。 交換手をしていた人たちも感慨深いものがあるだろう。 海外から慣れない英語を話し、やっとの思いで繋がり、日本語が聞こえた時の感動は今でも覚えている。 これからの人には、そんな沢山の人の手を介し、通じた時の喜びを味わうことが出来ないのかと思うと、残念だ。 世の中が便利になるのはいいことだが、そこに人間のぬくもりを感じられない便利さはいかがなものだろう。 全世界の交換手の方々、ちょっと早いのですが、本当にお疲れ様でした。                                                     合掌
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