八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2008/10/08 10:17|未分類TB:0CM:0
「亡くなる10分前、虚空を見つめ、目を『カアッ』と見開き歌舞伎役者のようだった」と親友で最期を看取った津川雅彦さんが語った。 「自分も役者として、ああ言う死に方をしたいなぁ、と思った」とも語っていた。 俳優の緒方拳さんが5年前から肝臓ガンを患っており、5日に亡くなっていた。 自分は20代前半、東宝現代劇で役者を志していた。 その頃、新国劇の役者さんたちとも同じ舞台を踏むことが多かった。 緒方さんは1958年に新国劇に入団し俳優の辰巳柳太郎さんに師事した。 65年にはNHK大河ドラマ「太閤記」の主人公、秀吉役に抜擢され人気を得た。 68年に新国劇を退団するとき辰巳さんは深く悲しんだと言う。 辰巳さんは緒方さんに新国劇を継いで欲しかったのだ。 舞台をはねた後、新国劇の人たちと飲む機会がある時には、よくその話を聞かされ残念がっていたことを思い出す。 その後「楢山節考」「砂の器」「火宅の人」「必殺仕掛人」と大活躍したことは周知のところだ。 71歳という若さだったが、日本の芸能界で燦然と輝く実績を残した。 人は緒方さんの死を惜しむのだが、見事な生き様だったと思う。 介護の仕事をしている妹が、「お兄ちゃん死ぬのならガンがいいわよ」と言ったことがある。 何故だと問いただすと、「ガンは必ず死ねるから」と答えた。 妹は死にたくても死ねないお年寄りを何人も見ている。 大病して命は助かっても介護が必要になることもある。 毎日の介護がいつまで続くのかと思うと、介護される側も、する側も辛くなってくる。 そんな現状を知っている妹でなければ言えない思い本音の言葉だ。 気分を慨した方がいたら許していただきたいが、人の死は難しい永遠のテーマだ。 自分は、どう死んで逝くかではなく、どう生きたかが大切だと思っている。 しかし、50歳を過ぎた頃から、どう死んで逝くかもとても気になる。 こればかりは運命にゆだねるしかないのだが、緒方さんの死に方を「うらやましい」とおっしゃった津川さんの心境はどうだったのだろうか…   心より、ご冥福をお祈りいたします。        合掌
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