八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2009/02/09 09:58|未分類TB:0CM:0
この歳になると冠婚葬祭に出席することが増えてくる。 色々な結婚式や葬式を経験すると、感動・感情をコントロール出来るようになってくる。 とくに葬儀のときなどは、悲しいのだけれど、久しぶりに会った仲間とバカ話をして笑ってしまうことも多い。 お年寄りのときなどは、かえってお祝いの感があり、涙など流さない。 ところが、7日の土曜日に参列した告別式は、堪える涙を抑えることが出来なかった。 自分は24歳の時、テレビ朝日のモーニングショーに出演するようになり、日本中を取材で駆け回るようになる。 当時、熊本出身で鹿児島ラサールから早稲田を出た、栗さんと呼ばれている7歳年上の硬派のディレクターがいた。 父の故郷が徳之島なので、自分にも鹿児島の血が流れている。 同じ九州人魂が呼び寄せたのか、兄のように慕う間柄になった。 栗さんの作る作品は、作り手の思いが込められていてメッセージがある。 人間を愛し、自然を愛し、心が温かくなるような作品が多かった。 いつしか自分にも、栗さんイズムが浸透していて、温かいリポートを心掛けるようになっていた。 栗さんは誰にでも情をもって接するので、栗さんを嫌いだという人を見たことがない。 損得で動くことが出来たら、今頃は社長になっていたかもしれない。 そんな栗さんが2月2日心筋梗塞で亡くなった。 享年61歳だった。 通夜・告別式には1500人が参列して故人を偲んだ。 葬儀は何人の人が心から手を合わせるかが、その人の人間的価値を物語る。 どんなに、地位や名誉やお金があろうが、心から手を合わせる人が少なければ、それだけの価値だったということだ。 自分も有名でなくてもお金がなくてもいい。 葬儀のときに、心から手を合わせてくれる人が多い人間になりたい。 最後に栗さんは、そんなことまで教えてくれたのだ。 栗さん!!さようなら!!そして、ありがとうございました。      合掌
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