八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2009/11/12 07:02|未分類TB:0CM:0
大衆芸能の巨星、森繁久弥さんが96歳で亡くなった。 自分が森繁さんに初めて会ったのは、30年以上前になるだろうか… 20代前半、役者を目指して修行していた頃、俳優の須賀不二男先生にいろいろと可愛がってもらっていた。 須賀先生は、森繁さんの「屋根の上のバイオリン弾き」に出演していた。 その年の暮れに、須賀先生の家でおでんパーティーがあり、そこで森繁さんに始めて会った。 その時、父八波むと志との思い出を懐かしそうに話してくれた。 その後、モーニングショーに出演するようになった自分は、森繁番としてインタビューを任されるようになる。 18年前、奥様に先立たれた父を励まそうと、長男の泉さん日本一周の船旅を企画した。 各局いるリポーターの中で、自分だけがその船に乗せてもらえた。 その時いただいた、森繁さんのクルーザー「メイキッス」と刺繍されたキャップは今でも大切に持っている。 文化勲章を受章したとき、インタビューに行くと、森繁さんのオーラに質問をできないリポーターがほとんどだった。 自分は「文化勲章の重みはどんなものでしょうか?」と質問した。 「それは言葉にできないほど、重いものですよ」というので、「何グラムくらいあるんでしょうか?」とぼけると「500グラムくらいあるんじゃないでしょうか」と返してきた。 「勲章はどこに置いてあるんですか?」とぼけると「あんた、取りに来るのかね」と突っ込まれた。 マスコミは、森繁さんのコメントを博学で重厚なものを使いたがる。 しかし、どんな時にもウイットにとみユーモアのある会話が、森繁節の真骨頂だ。 いつも頭が下がるほど、勉強させられた。 人生を教えていただける、昭和の喜劇人は、みんなあの世へ逝ってしまった。 順番ではあるが、とても寂しいものだ… 心より、ご冥福をお祈りさせていただく。      合掌
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