八波一起のたっしゃでワイド!!

テレビ朝日のモーニングショウで12年!!ワイドショウの表も裏も知り尽くした八波一起が世間のニュースを一刀両断!!

プロフィール

八波一起

Author:八波一起
昭和30年7月20日コメディアンの父・八波むと志の長男として生まれる。
日本大学経済学部卒。
昭和50年8月帝劇で初舞台を踏む。
昭和55年4月より「モーニングショウ」のサブ司会者となる。
平成5年4月より「八波一起のテレビイーハトーブ」メイン司会者となり東北の顔となる。
現在3人の娘に恵まれ、俳優・司会・執筆・講演などタレントとして活躍中。

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2010/01/08 09:10|未分類TB:0CM:0
このブログを打つときに「八波」と打つと、八波の関連記事が出る。 その中に、浅草に初詣にいった方が「喜劇人の碑」を見つけて懐かしんでいるブログがあった。 皆さんは「喜劇人の碑」なるものをご存知だろうか。 浅草はかつて、日本のブロードウェイと呼ばれた芸能発祥の地で、ロックと呼ばれ、芸能と娯楽が一堂に会する華やかな街だった。 しかし、テレビの普及や高度経済成長ともに、舞台や劇場は激減する。 それが、東京喜劇の凋落に繋がってしまった。 関西には吉本新喜劇など芸を磨く場が今でも残っているが、浅草には芸を磨く場が無くなってしまったのだ。 おそらく、ビートたけしさんあたりが最後の浅草出身のコメディアンではないだろうか。 そんな、人々に笑いと喜びを与えてくれた浅草の喜劇人たちを偲んで、1982年(昭57)に立てられたのが「喜劇人の碑」だ。 浅草寺の本堂の前に立ち、向って左に歩いていくと出口の手前に「喜劇人の碑」は立っている。 裏には「川田晴久」昭和32年6月21日(51歳)・「古川ロッパ」昭和36年1月16日(57歳)・「八波むと志」昭和39年1月9日(38歳)と、亡くなった喜劇人の名前が続く。 2001年以降は浅草に限らず、日本の喜劇人を記載するようになる。 これを見ていると喜劇人は早死にだ。 最初の中で70歳を超える人は、柳家金語楼(71歳)・伴淳三郎(73歳)の二人しかいない。 昔のコメディアンは、破天荒だったということか… 裏面に書かれた喜劇人を、リアルタイムで見ている方々は、おそらく65歳以上だろう… あした、父八波むと志が亡くなって46年になる。 亡くなって半世紀も経つというのに、名前が出る父は、人々の心の中に生きている。    合掌
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